ティムール朝衰退後のイランでは、トルコ系遊牧部族の間で、神秘主義と( )派が融合した熱狂的な思想が広がった。教団の指導者である( )は、これら部族の強力な軍事力を結集してイランを平定。1501年にタブリーズを首都としてサファヴィー朝を開いた。
彼は、イラン伝統の王の称号である「( )」を採用。また、統治の正当性を確立するため、それまでスンナ派が主流であったイランにおいて、シーア派の一派である( )派を国教として強制的に導入した。これにより、イランの国民的アイデンティティが形成されるとともに、隣接するスンナ派国家のオスマン帝国との対立が決定的なものとなった。
私、クロノが運営するポッドキャスト番組「5分deヒストリー」との連動企画です。番組は教科書レベルの基本文(1分)+解説(4分)で構成されています。当ページでは「基本文」を穴埋め問題にしました。理解度の確認テストに利用してください。タップ(クリック)すると回答が表示されます。
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