皇帝の宗教政策に抗議したルター派諸侯は、「抗議する者」を意味する( )と呼ばれるようになった。1555年には( )が締結され、ルター派は公認され、カルヴァン派など他の新教は認められなかった。この和議では「領主の宗教が領民の宗教となる」という原則が定められ、各領邦の君主が( )かルター派かを選択する権限を持つことになった。
しかし、特にカルヴァン派が排除されたことへの不満は解消されず、これが後の三十年戦争の遠因となる。こうしてドイツでは、領邦君主が教会を統制する( )が確立していった。
私、クロノが運営するポッドキャスト番組「5分deヒストリー」との連動企画です。番組は教科書レベルの基本文(1分)+解説(4分)で構成されています。当ページでは「基本文」を穴埋め問題にしました。理解度の確認テストに利用してください。タップ(クリック)すると回答が表示されます。
※タイトルの最後にある「#数字」は、ポッドキャスト番組の番号。
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