ドイツのヴィッテンベルク大学教授、( )は、1517年に『( )』を発表し、贖宥状(免罪符)の販売を厳しく批判し、( )が始まった。彼はライプツィヒ討論を経て教皇の権威を否定したことで破門を宣告されるが、その一方で『キリスト者の自由』を著し、「聖書のみ」をよりごろととし、「信仰のみ」によって救われると、改革の根幹を示す。
その後、皇帝( )が招集したヴォルムス帝国議会に喚問されるも、自説の撤回を拒否したため帝国追放処分を受ける。しかし、反皇帝派であるザクセン選帝侯フリードリヒの保護下で、潜伏先のヴァルトブルク城にて『新約聖書』の( )語訳を完成させ、信仰のあり方を民衆へと広めた。
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